目次
動摩擦力と特許
物理の「力学」分野がいったん終了しました。
明日からは新しい分野「熱」に進みます。
力学のなかで、摩擦力について、もう少し特許を取り上げながら理解を深めたいと思います。
取り上げる特許は2つ。
帯の緩み具合
まず一つ目は、「柔道帯」に関するものです。
【公開番号】特開2018-53376(P2018-53376A)
【公開日】平成30年4月5日(2018.4.5)
【発明の名称】柔道帯
【出願人】
【氏名又は名称】美津濃株式会社
柔道の試合を見ていると、相手の襟や袖をとる「組み手」が勝負を左右する重要なものです。
激しい掴み合いをおこなうため、試合中に帯を結びなおし、柔道衣の乱れを整える姿をよく見ます。
帯の緩みが、上衣の乱れをおこし、競技を中断させてしまう一因になるため、上衣をしっかり固定する柔道帯が求められます。
この柔道帯の滑りを極力なくす目安として、動摩擦力の測定をおこなっている特許でした。
【0006】
本発明の柔道帯は、帯の長さ方向に複数列のステッチ糸が縫い込まれている柔道帯であって、前記帯は滑り止めされており、水平状態の柔道上衣生地の身丈方向に対し、前記帯の長さ方向が直角になるように配置し、荷重1kgf(≒9.8N)をかけて、前記帯を柔道上衣生地の身丈方向に500mm/minで滑らせたときの動摩擦力が面積20cm2で5N以上であることを特徴とする。
摩擦力は、互いに接触する2固体の表面が相互作用する際に生じる抵抗力のことです。
物体が動く前に働く抵抗力を静止摩擦力、物体が動いている時に働く抵抗力を動摩擦力と言います。
物体が動く直前の抵抗力が最大の状態を最大静止摩擦力と言います。
引用(https://www.face-kyowa.co.jp/science/theory/what_tribology.html)
摩擦力の測定方法について、どのようにしているのでしょうか。
いくつか方法がありました。
まず摩擦力測定には、摩擦係数を測る方法があります。
摩擦係数 μ=F/W (wは荷重、Fは摩擦力)
また、荷重を変えながら、動摩擦力の数値を測定する方法もあります。
試料となる素材は、今回のような繊維だけでなく、紙やプラスチック、金属やコーティング膜などがあるので、測定方法も接する形状や摩擦を引き起こす状況によって変えていく必要があります。
接触する部分を 点、線、面のいずれで測定するかによって、測定装置の種類も変わります。
【0025】
<帯と柔道衣の動摩擦力>
図4A-Bに示す動摩擦力測定装置11を用いて測定した。すなわち、試験台テーブル9の上に柔道上衣生地8を広げ、水平状態の柔道上衣生地の身丈方向に対し、試験サンプルの柔道帯1の長さ方向を直角とし、かつ柔道帯1の面積が20cm2(2000mm2)となるようにして配置し、1kgf(≒9.8N)の荷重7をのせ、柔道帯1を引っ張り方向矢印10に示すように柔道上衣生地の身丈方向に500mm/minで滑らせて動摩擦力を測定した。
この特許では、9.8Nの荷重をかけ、試料上にあたる帯を、試料下にあたる上衣生地に滑らせて、その時に生じる抵抗力=動摩擦力を測定するものです。
摩擦を引き起こす要因である帯の模様を変えながら、生じる動摩擦力の測定数値を調べていきます。
測定値から帯に生じる緩み具合を推測し、実際に帯を使用して柔道を行った際の状況と照らしあわせて、結果を導きだしています。
印刷と動摩擦力
もうひとつは、用紙に動摩擦力の数値を用いています。
【公開番号】特開2004-36017(P2004-36017A)
【公開日】平成16年2月5日(2004.2.5)
【発明の名称】新聞用紙 【出願人】
【氏名又は名称】大王製紙株式会社
この特許の背景には、デジタル化が進む印刷現場において省人化の問題があります。
最小の人数で印刷を行うためには、なるべくトラブルを少なくして、人の手間を減らしていくことが必要です。
新聞の印刷は、輪転機という機器を用いて印刷と折加工を行います。
新聞用紙は流通や搬送作業場では積み上げをしていくため、ある程度の摩擦が必要(つるつるした素材では積み上げができない)ですし、摩擦力が大きすぎると折加工の行程で、剣先詰まりという輪転機での折不良を起こしてしまうため、新聞用紙の摩擦力の加減がとても難しいようです。
(参照特許 【公開番号】特開2009-293144(P2009-293144A))
折加工で輪転機を止めてしまう剣先詰まりをなるべく起こさないように、新聞用紙に生じる動摩擦力の数値を測定しながら試行錯誤が行われています。
【0003】
現在、新聞印刷において生ずるトラブルは、断紙、シワ、紙流れなど多岐にわたるが、なかでも深刻な問題となっているのが剣詰まりである。剣先詰りは、新聞輪転機の特に三角板からニッピングローラまでに生ずるトラブルであり、一般に、新聞用紙が三角板上でたるんだり三角板先端で裂けたりして、くしゃくしゃになったままニッピングロールに送られ、新聞用紙がニッピングローラをスムーズに通過できずに詰まったり、三角板上に飛び出してきたりするトラブル等をいう。剣先詰りは場合によってはニッピングローラ等を破損させることもある。【課題を解決するための手段】
上記課題を解決した請求項1記載の発明は、坪量が35~52g/m2であり、かつ、JIS P 8147に規定される摩擦試験測定方法に準拠して測定された金属板との平均動摩擦力が1.5~3.0mNであり、その金属板のJIS B 0651に規定される触針式表面粗さ測定器で測定した表面粗さが0.1~2.0μmであることを特徴とする新聞用紙。
【0008】 坪量を35~52g/m2としたことによりフォーマー部の折り特性が保持される。金属板との平均動摩擦力を1.5~3.0mNとしたことにより、三角板上での走行性に優れるものとなる。そして、これらの作用により、剣先詰りの発生率が格段に低下する。
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決した請求項1記載の発明は、
坪量が35~52g/m2であり、かつ、JIS P 8147に規定される摩擦試験測定方法に準拠して測定された金属板との平均動摩擦力が1.5~3.0mNであり、その金属板のJIS B 0651に規定される触針式表面粗さ測定器で測定した表面粗さが0.1~2.0μmであることを特徴とする新聞用紙。
【0008】
坪量を35~52g/m2としたことによりフォーマー部の折り特性が保持される。金属板との平均動摩擦力を1.5~3.0mNとしたことにより、三角板上での走行性に優れるものとなる。そして、これらの作用により、剣先詰りの発生率が格段に低下する。
新聞紙の摩擦力を決める要因として、灰分率がひとつあげられていました。
填料(てんりょう)とは⇒ 紙の白色度・不透明度・地合・表面の平滑性を向上させ、印刷時のインキ抜けなどを防ぐ薬品のこと
紙がもつ灰分量とは:燃した後の灰の量のこと。灰分は、紙に抄き込まれた無機物質を指します。
【0023】
また、本発明の新聞用紙は、乾燥パルプあたり0.2~5重量%の無機填料を内添させて、灰分率を3~10重量%とするのが望ましい。灰分が10重量%を超えると、紙粉の発生しやすくなる。灰分が3重量%未満であると、平均動摩擦力の調整が難しくなる。また、無機填料本来の効果が低く、裏抜けなどの印面低下が生じやすくなる。従って、剣先詰りの解消と無機填料本来の印刷適性向上を図るには、灰分率を3~10重量%とするのが望ましい。
印刷におけるトラブルを考慮しつつ、紙自体の填料や灰分量を調整して、動摩擦力の測定値を元に新聞用紙をつくっていることが分かります。
無機物質にどの化合物が使われるかによっても、印刷の過程や印刷後の仕上がりに微妙な影響があります。
この特許ひとつとっても、化学と物理の基礎知識はもちろん、新聞や紙に関するある程度の専門知識が必要になることがよく分かります。
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